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ネイルズユニーク水野社長|日本一のネイルサロンに学ぶ④

「日本のネイルサロンは発展途上。まだまだ伸びます」

116店舗のロケーション、その多くはデパートやショッピングセンターだが、ネイルビジネスの草創期に進出していくにはどんな極意があったのだろうか。

「出店交渉は堂々と、正面玄関から行った方がいいですね。それは実績を作るってことですが、名前も何もない時にどうしたかというと、短期のイベントを4回、5回とやってそれを実績にしていました」。

いまや、街やショッピングセンターを活性化するために、ネイルサロンはなくてはならない存在になってきた。

今後の展望を伺うと、「お客さまは確実に増えますから、サロンオーナーはいま、下地を作るいい時期ですよ。絶対に確信があります。お客さまを大切にしながら、一定の距離感を持って、世代のバトンタッチを継続的にしていくといいですね」と、ネイルズユニーク社長は語る。

お客さまも年々加齢していくから、旧来の顧客だけを大切にしていては、いつしか世代のギャップが生まれてしまう。そのためには、新しい(若い)顧客の確保でサロンの活性化を導く必要があるという。

ネイルズユニーク水野社長|日本一のネイルサロンに学ぶ②

父親の一言がきっかけに

2号店(岡本)の開業は1990年、3号店(神戸ハーバーランド)は1994年。

「そんな時期、父が大病を患いました。医者は長男の僕だけに余命を宣告したのです。ある日、父と食事をしていたら”おまえに100店舗は無理やな”って言われましてね」。

この一言が、ネイルズユニーク水野社長が店舗を急増するきっかけになった。

「激励の意味で言ってくれたことはわかっていましたし、父の強がりも知っているので、何とか生きている間に100店舗を実現して見せてあげたいと、無謀なことをしただけですよ。ふり返ってみたら”やってしまった!”」(笑)

“自分としては5店舗でも、10店舗でもよかった。ネイリストとして十分幸せに思っていた”とふり返る水野社長だが”息子にとって父親の存在は大きい、師匠でもあり、永遠のライバル”ー自らに課した大任は、負けじ魂とともに、父親への一途な思いだったに違いない。

思わぬ試練を乗り越えて

決意をした矢先、あの阪神淡路大震災(1995年1月)の勃発!

すべてのサロンが全壊。足の踏み場もない床は、割れたポリッシュで真っ赤に染まった…。

「京阪神の人すべてが大変だったので、ウチだけがとは思いませんでしたが、水道や電気といったライフラインも途絶えている状況、お客さまが戻ってくれるだろうかという心配はありました」。

しかし、立ち直りを支えてくれたは他ならぬお客さまたち。ミネラルウォーターや食糧をもって駆けつけてくれたという。

「街も復旧してない状況でしたが、震災の1ヶ月後にサロンを再開しました。」